「ネコも歩けば・・・(酔中日記)」

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追悼・桜井君

W大映画研究会の一年後輩で、仕事(脚本)の仲間でもあった桜井正明君が永眠した。
享年61。一般的には早すぎる死かもしれないが、「ああやっぱり」というのが最初の感想だった。
三年前、共通の酒友であった星山さんが逝って以来、なんとなく桜井もそう遠くなく後を追うような予感がしていた。
ずっと愛されて生きてきた男だったと思う。

学生時代、一浪二浪は当たり前の中で、現役のそれも付属高校からというだけで軽く見られ、必死で背伸びして酒を飲み恒例の「人生劇場」合唱でゲロぶちまけたのが第一印象。
口とんがらせて論争を挑んでは木っ端ミジンにやられ「どうせ俺は補欠合格ですから」とすねていた君の屈折の浅さを、本当はみんな愛していたと思う。
目玉ぎょろりの外見から仇名は「ケロヨンちゃん」、当時流行った薬のマスコット。
女子大映画連盟の実践や共立のお姉ちゃん達にも人気者だった。

時代のドサクサで別れて以後、夜の街でたまたま一緒になったりすれ違ったりしたことはあったが、お互い違う方を向いていてあまり印象にない。
「虫プロ」の文芸部にいるらしいとは聞いていたが、一緒に仕事をした事もなかった。
再びつるむようになったのは「ムーの白鯨」の仕事で、星山さんが君を連れて来てからだ。
「虫プロを」やめてライターでやっていくと聞いて、絶対向いてないと反対した覚えがある。
「私も散々いったんだけどどうしてもというんで」星山さんが君に代わって言い訳した。
同じ「虫プロ」文芸部からシナリオライターになった星山さんを、兄のように慕ってついてまわっていた。

以後「ど根性ガエル」や「おはよう!スパンク!」などアニメの仕事はもちろん、釣り、ゴルフ、草野球から伊豆山荘など星山さん共々よく一緒に遊び飲んだ。
やがてこっちはアニメからドラマの仕事が中心になり、仕事や遊びで顔を会わせる機会が減っていった。
久しぶりに会って飲むと酒の量というよりも、いきなりべろべろになる酔い方に注意した覚えがある。
「最近いつもこんな調子で・・・」一緒にいた星山さんから、だんだん誰も一緒に飲むのを敬遠されていると聞いた。

そして三年前、星山さんが逝った。
その通夜の席にも、告別式にも君の姿はなかった。
「何で桜井がいないんだ?」と聞くと、連絡は行ってるはずだが最近酒浸りで話が通じないらしいという。
翌日すぐに電話をすると、昼前の時間だというのに既にろれつの回らない様子で、「連絡来なかった・・・」
と言い訳をはじめ、「そんな嘘つくな」と怒ったら、電話の向こうでなんだかぐちゃぐちゃ泣き出した。
「お墓参りには必ず行く・・・」とかなんとかグズグズのまま電話を切ったのが結局君との最後。

昨年夏倒れ入院した時は肺がんが骨にまで転移しもう手遅れの状態だったと聞いた。
もしそれを知ったらきっと耐えられないだろうと本人には知らせなかったとか。
そんなこととは知らず、入院した病院で酒を飲み同室の患者さんに迷惑がかかるからと追い出された君の最後の甘え。
自宅で死を迎えられた幸運、最後まで看取ってくれる奥さんに恵まれた幸運。
げっそりやせた君の死に顔を見てもう充分だろうと思った。
充分飲んだし、充分愛された。それ以上望むな。

くしくも星山さんが逝ったのも三年前の2月。
「おまえもそろそろこっちへ来いよ」と呼ばれたに違いない。
今頃はまた星山さんと再会してひょこひょこ後をついて歩いていることだろう。
如月は寂しき月か、人を恋ふ(酔猫)
3月には共に仕事をした「ムーの白鯨」がDVDボックスセットで売り出されるそうだ。
その金が入ったら君と星山さんの冥福を祈って酒を飲んでやろうと思う、それが生き残ったものの特権。
合掌!
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Commented by at 2010-02-26 09:39 x
そうですか。知りませんでした。慰安会で23度お会いしただけですが、裕さんよりずっと若い人だと思ってました。石井隆さんと同級だったんですね。ほんとご自愛ください。そして元気なうちに青森にきてもらいたいですねぇ。もう少し甲斐性があればおよびできるんですけど、情けないです。それではまた。
by kcat46 | 2010-02-25 21:06 | 合掌 | Comments(1)